槌音絶えぬ駅前の、オアシスのような店――トムズカフェ。
殺伐とした戸外の風景を他所に
その店内はビーチサイドのくつろぎに満ちる。
前回よりGAOさんが同行している。『ON THE ROAD MAGAZINE』発行人にしてイラストレーターの、お馴染みGAO NISHIKAWA(ガオ・ニシカワ)さんである。
そのGAOさんと「ジムニーで近所を回ってみよう」ということになった。ちょっとした"探検"である。
目黒区から来たGAOさんと世田谷区で落ち合い、向かうは渋谷区――狭くて入り組んだ道の多い一帯だ。
程なくして迷路のように道が折れ曲がる住宅街に入り込んだ。下町の路地裏ともまた違う、城南特有の"隘路"である。さてこうなると「軽」は強い。林道と並び、狭路・隘路はジムニーの最も得意とするところ。この日もGAOさんは「いいね、いいね」としきりと繰り返しながら、小さな車体の小回りを存分に楽しんでいた。
目的地を"道路"で説明すると、山手通りの「東大裏(とうだいうら)」と井の頭(いのかしら)通りの「大山」という交差点を結ぶ道の中程である。この通りは、上手くすれば二本の主要道路の間道、抜け道となるべき道だか、「あること」が理由で、今年の3月某日までそのような使い方をする者はまず無かった。
鉄道で言うと、小田急線「東北沢(ひがしきたざわ)」駅の駅前に当たる。駅前も駅前、工事中の駅舎が完成すれば改札を出て1分の好立地だ。
新宿にも渋谷にも近い、大変便の好い場所だが、「代々木上原」「下北沢」という二大乗換駅の狭間にあって、その存在自体、何とも希薄な駅である。停まるのは各駅停車のみ。ほとんどの電車は通過する。田舎より田舎な街、駅……店主・稲葉さんがそう評する東北沢は、大都会の一角にふと空いたエアポケットのような場所かも知れない。
その駅前は、長きにわたって小田急線の地下化工事と都道402号線の拡張工事、世紀を跨ぐ二つの大工事に見舞われている。小田急線の方は今年の3月23日に一部が完成して地下に潜り、開かずの踏切はついに無くなった。先の「理由」とはこの踏切のことである。
冒頭の写真でコンプリートカーTS7、通称「バーガー号」が停まっているのは、上り線の線路があった、まさにその真上。かつてここを朝のラッシュ時、2分に1本の間隔で電車が通過していた。
一方の道路工事の方は未だ完成していない。その拡張計画に応じ、立ち退いた稲葉さんが残った敷地で始めたのが今回の目的地、「TOM'S CAFE HAMBURGER ON THE BEACH(トムズカフェ・ハンバーガー・オン・ザ・ビーチ)」である。23区ではめずらしい一戸建てのバーガー店だ。
通りから10mは下がっているだろうか。ネコジャラシしか生えぬ殺風景な道路用地のアスファルトの向こうに、ビーチハウス風の店が涼しげに営業するその様は、一種異様な光景である。非日常的。「都会的」と言えばそうかも知れない。回転草が転がる荒野の果ての酒場のようでもある。
稲葉さんは1978年から3年間をアメリカで過ごした。
ソルトレイクシティのレストランでアルバイトをして人生初めて包丁を握り、次いでLAへ移住。本場の波を知り、ますますサーフィンの虜に。それから30有余年、今も毎週欠かさず外房(そとぼう)で波に乗っている。
トムズカフェはLA近郊、ハモサビーチやベニスビーチ辺りの雰囲気をイメージして造られた。外壁の鎧張り。白い窓枠。上階への吹き抜け。白を基調にしたスッキリ淡い色づかい。そのゆったりくつろいだ空気には、店と言うより、まるで誰かの自宅に招かれたような感覚を覚える。
80年代に話を戻して、さらに稲葉さんはLAからサンフランシスコへ移って「グレイトフルデッド」と出会い、「デッドヘッド」となって帰国。旅行業・輸入業などを経て、90年代半ば、日本で最初に「デッドベア」を輸入した業者の一人となった。
ソルトレイクシティではバイト上がりの深夜0時過ぎから朝4時まで、真夜中の市街で「シグナルレース」に明け暮れた。乗っていた車はシボレー・カマロ。次いで「イイ感じにオシリがかち上がった」真っ赤なダッジ・チャレンジャー。その後チャージャーと乗り継ぐ。
稲葉さん曰く、クルマにおける「本当の贅沢」とは、パーツをいじりながら大事に一台を乗り続けること。それが「カッコイイ」と。夢は「ボードと犬を乗っけて『海』へ行くこと」……エルカミーノで。
アメリカに暮らし、アメリカを知る――そんな稲葉さんが作るハンバーガーは全部で8品。この日は中からベーコンバーガー1,050円を。
パティは豪州産牛100%、150g。ガスの直火でグリル。挽肉の粒が「ザラリ」と舌先に触る、カチッと硬めな食べ口。バンズは東新宿「峰屋」製。チェダーとモッツァレラ、2種類のチーズバーガーには「ライ麦バンズ」を、その他のバーガーには「天然酵母バンズ」を使用。フランスパンのようなしなやかな弾力と「ハリ」「サク」と軽快な歯応えのする表皮を持つハード系。ベーコンは厚さ5mm、長さ10cm超。オニオンはグリルド。
味付けはパティに振った塩コショウとヒール(下バンズ)に塗ったハニーマスタード程度。だが硬めな食感ゆえにバーガー全体に「迫力」がある。その力強さが何とも心地好い。味付けよりも「食感」でグイグイ食べさせる、迫力の一品。フレンチフライにはタイム、オレガノなどを混ぜたハーブソルトが振られており、稲葉さん曰く「カリフォルニアっぽい」。
全席ドッグOK。車・バイクは店の前に駐車OK。際限なく工事が続く殺伐とした駅前に一滴の潤いをもたらす「オアシス」のようなハンバーガーショップ。その店内は遥かカリフォルニアのビーチを思わせるくつろぎに満ちている。
< 文:松原好秀 写真:松原好秀、GAO NISHIKAWA >
― shop data ―
所在地: 東京都渋谷区上原3-31-17
アクセス: 小田急電鉄 東北沢駅歩2分
駐車場: 店前に駐車可
TEL: 03-3460-7789
URL: https://www.facebook.com/tomscafehamburgeronthebeach
オープン: 2011年4月16日
* 営業時間 *
平日: 11:00~16:00(15:30LO)
土曜: 11:30~16:00(15:30LO)
日曜: 11:30~15:00(14:30LO)
定休日: 月・火曜、祝日(※要確認)