雑誌『ジムニー・スーパースージー』に連載中の『林道パラダイス』との連動企画。
2025 年10月の中旬、新潟県・福島県・山形県をナローシエラで旅してきた。
前編となる今回は、福島県西会津町までの旅を綴る。
文・写真/赤ぞう
Photo & Text : 赤ぞう
1968年神奈川県生まれ。成城大学卒。日本ジムニークラブ神奈川支部所属。ブログがきっかけとなり2011年からジムニー・スーパースージーに林道ツーリング記の掲載が始まる。著書は「ジムニー林道アドベンチャー」(SSC出版)。千葉県房総半島の林道沿いの家に暮らしながら、日本中の林道を旅することを楽しみとしている。愛車はナローシエラ。
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自宅のある千葉県の房総半島を早朝に出発。高速道路をひたすら北へと走って、北陸道の中之島見附ICを出たのは午前9時だ。途中で道の駅に立ち寄ったりして、沼越峠のある五泉市に入ったのは11時を過ぎていた。センターラインのない県道17号をくねくねと登って行くと、道端に「大幹線林道葡萄平線開通記念」と刻まれた石碑があり、開通当初は林道だったことが判明。標高360mの沼越峠からは南方向への脇道に入る。始めのうちはわりとフラットなダートだったが、ぬかるんだ水溜まりを過ぎると路面が荒れ始めて4Lにシフトした。滑りやすい凸凹道をスリップしながら登坂。道の両側から枝葉の張り出しも多くなってくる。登りきると鉄塔が立っていて、見通しが良くなり山々を見渡せた。その先も道は続いていたが、草木が覆いかぶさるように繁っていたので引き返す。沼越峠を越えると阿賀町に入り、少し下った先でも脇道を発見。奥へ進むと狭い土の道となり、湿り気を帯びた路面は谷側へ傾いていて嫌な感じだ。意を決して踏み入れたが、タイヤは低い方へと滑ってしまい肝を冷やす。ここは行くべきではないだろうと撤退。続いては県道17号から林道持倉線に入って廃鉱山を目指した。走りやすい砂利道で、杉林を抜けて五十母川沿いに進んだがゲートは封鎖。この先に持倉鉱山の廃墟があるはず。歩いて行こうとも思ったが、鬱蒼と草が繁っていたので見通しが効かない。熊と遭遇する危険を考えて断念することにした。
県道513号を北へ進むと、中ノ沢渓谷森林公園に到着。まずは西へ続く道を目指したが、一般車の通行は禁止されていた。引き返して中ノ沢川沿いに伸びる砂利道に入る。地形図では尾根を越えて県道14号まで抜けているはずと期待していたが、路面が決壊していて引き返すしかない。決壊現場の反対側から走るべく、県道14号を経由して林道鷹ノ巣線に入った。朴木の大きな落ち葉を踏み締めながら砂利道と舗装路が交互に現れる道を行くと、林道綱木線に突き当たって左折。この先は決壊していて抜けられないので当然なのだが、草木の繁り方は酷くなるばかり。ゆっくりと進んでいるうちに日は傾いてきた。何が何でもと頑張る必要もないので、更なる前進は断念。今夜の宿のある三川温泉へ向かうことにした。 源泉掛け流しの温泉で疲れを癒した翌朝は、新谷川に沿って俎倉山(まないたくらやま)へ続く林道へ向かった。ところが、関係者以外通行禁止のトラロープが張られていて進入できない。新谷川の河原へおりて、どうしたものかと地形図を見ると、大谷川沿いに登って行けそうな道を発見。狭い砂利道を分け入るように進んだものの、大谷川を渡る箇所に橋はなく、1m以上の段差があった。こちらも断念せざるを得ない。続いてはJR津川駅の方向へ南下する林道を脇道も楽しみながら進んで行く。途中から舗装が途切れて砂利道になったのを喜んだのも束の間、「この先行き止まり」の看板が立っていた。ここも引き返すしかない。
2日目は引き返してばかり。次こそは踏破したいと林道水沢下山線に入る。目指すは棒掛山の東の尾根を越えた先にある長走川だ。長走川は新谷川の上流部分の名称で、川に沿って行く道は存在しない。つまり、ここの尾根を越えなければ辿り着けない川なのである。林道水沢下山線から林道長走線に入ると猿の群れに遭遇。子猿もいるほどの大所帯が悠々と木の実を食べていた。そこからは、舗装路と砂利道が入り混じる少し危うげな急勾配を登って行く。ところが、尾根の手前で土砂が崩落していた。路面は大量の土砂で埋め尽くされていて乗り越えることは困難。またもや引き返すしかない。戻って林道水沢下山線の続きを進むと、棒掛山が見え始めた。ちょうど広場があったので休憩。買っておいた白身魚フライ弁当を食べた。食後、砂利道をゆっくり下っていると、可愛いウリ坊に遭遇。たった一匹で歩いていたので、親とはぐれてしまったのだろうか。その後はすんなりと国道459号へ通り抜けることができた。
まずは阿賀川に沿う国道459号の旧道。枯れ枝が散らばった狭路を進んで行ったが、太い木が倒れていて引き返す。続いて向かうは林道菱潟線。林道の入口には菱潟全海堂の案内板があって分かりやすい。舗装された道を登り詰めると、林道日出谷八ツ田線に突き当たって左折。こちらも舗装されていたこともあり、あっけなく国道49号まで抜けられた。次に目指すは国道49号の旧道にある惣座峠。峠の東側から入り福取集落を過ぎると惣座峠には着いたが、その先は舗装が途切れてボンネットを越えるほどに草が繁っていた。とてもじゃないが無理だ。少し戻って南へ分岐する林道福取線にも入ってみたが、砂利道になった途端に草木の繁茂が酷くなり、こちらも引き返すことにした。この辺りには旧道が多くて次も旧国道49号だ。八ツ田集落を過ぎると砂利道に変わり新潟と福島の県境となる鳥井峠に到達。峠には昔のままの行先案内標識が残っていて懐かしさを感じる。そこからは森の中をクネクネと下って行って、現在の国道49号へと通り抜けた。
車峠へ至る道も国道49号の旧道で、現国道は峠の下をトンネルで貫いている。西側からアプローチすると、走り始めから砂利道。現国道のコンクリート構造物と張り出した枝のすき間を進むようになり、車両が往来している痕跡は少なく枝葉の密度は増すばかりだ。しばらく頑張ってみたが結局は断念。トンネルを通って東へワープし、逆側から車峠を目指した。根折神社を過ぎると砂利道となり、旧越後街道の道標が立つ場所ではリスが2匹飛び出して道を横切る。こちら側は枝の張り出しも凸凹も少なくて、難なく車峠へ到達。峠に気象観測施設があったので車両の往来があるようだ。でも峠を過ぎると草木が繁茂。峠の西側区間は使われてないということだ。車峠には、明治11年に東北地方を旅したというイギリス人女性紀行作家のイザベラ・バードの説明板があり、この地に二泊したことが記されていた。かつての峠には、旅籠を兼ねた茶屋が建っていたそうだ。
県道16号から松尾神社の案内板に導かれるように林道松尾線に入った。神社を過ぎると砂利道に変わり、登るにつれて視界は開けて西会津の山々を見渡せるようになる。登り切ると伐採現場に出て、林道漆窪縄沢線に突き当たった。16時を回っていたからか、重機は止まっていて作業員の姿も見えない。案内板によると林道漆窪縄沢線はどちらへ進んでも麓まで通じているようなので、まずは左方向に行ってみる。ところが伐採現場を過ぎた途端に草木が繁茂。車両が走っている形跡はなく、通り抜けるには時間が掛かりそうだ。暗くなる前には下山したいので引き返して反対方向へ進んでみると、こちらは崖が崩れていて大きな落石に行く手を阻まれた。もう仕方がない。もと来た道を戻って下山。会津若松市内の宿へと向かうことにした。後編へ続く…。