終日繁華なサンシャイン60通り裏手の
おいしい酒が飲める横丁とその入口のバーガースタンド。
ここぞ知る人ぞ知る池袋の名所名店!
とあるバーで、カウンターに隣り合わせた3人の会話……。
「最近マクドナルド、元気ないみたいだけど」
と、50手前の男性。
「でもパソコン仕事なんかするには快適ですよ」
と、これは私である。
「なるほど……で、どこが一番おいしいの?」
「そうですね、僕は撤退前のウェンディーズの熱狂的なファンでした」
「森永ラブは? あったでしょ……ほら、池袋のさ、サンシャインに」
「今はもう無いですよ、さすがに。ロッテリアならありますけど」
「ロッテリアあるある! サンシャイン通りのすぐ左」
と、ここで40年配の女性が加わる。
「そうです、そうです!」
「ちょっと行った右にケンタッキーがあって……」
「で、もう少し行くと左にウェンディーズがあったよな?」
「そうそう!」
皆ミョウに池袋に詳しい。
新宿だって渋谷にだって同じ顔触れのチェーン店があるのに、なぜ3人の会話が池袋へ向かったのか、帰宅後不思議に思った。
恐らくそれはサンシャイン60があるからだろう。開業1978年。当時東洋一の高さを誇った高層ビルで、今ならスカイツリーにも匹敵する人気スポットだ。3人も子供の頃、サンシャインビルへ遊びに行った経験があるに違いない。そしてその折、真新しいハンバーガーチェーンにワクワクしながらサンデーを食べたり、中高生の時分ならポテトでもつまみながら長時間駄弁ったりしたのに違いない。
目抜きの「サンシャイン60通り」は、会話に上ったファストフードや居酒屋のチェーン、ファミレス、ゲームセンターなどが並ぶ、つまり若者の遊び場である。だがそれは池袋のあくまで"表"の顔、昼の顔――。
件(くだん)のケンタッキーの角を右に曲がると「栄町通り」という、二階建の長屋の続く飲み屋街がふと現れる。L字に折れてすぐ終ってしまう短い横丁なのだが、奥には何やら"桃源郷"めいたものがきらり覗き見えて、酒仙たちを誘惑してやまない。これが若者の遊び場・サンシャイン通りを一本入った"裏"の顔だ。
12年前、スウィートな70's、80'sミュージックが流れる「Bar SORA」ができるまで、この横町は廃墟同然だった。
もう5年も借り手がつかない荒れ物件を手にしたオーナー竹河内(たけごうち)さんは、これに大改造を施し、店の半分は天井を取り去って吹き抜けに、もう半分は2階を残してロフト風に仕上げ、ワクワクするような立体空間に生まれ変わらせた。寂れ切ったシャッター横町がにぎわいを取り戻したのはこのSORAの登場が契機である。
そして横丁の入口に竹河内さんは二軒目の店を出した。それが「EAST VILLAGE(イーストビレッジ)」。建坪わずか3坪。角地ゆえの狭くて不便な三角地。30年以上続いた立ち食いそば屋の跡だ。
竹河内さんはここでもリノベーションの才を発揮。屋根裏の物置き場だった2階部分の低い天井を2mばかり押し上げる大工事を敢行。1階は厨房のみ。2階に全7席を設け、NYのアパートメントのような雰囲気ある空間に仕上げた。壁のLPジャケットはボブ・ディランの「THE FREEWHEELIN'」。そこに写るグリニッジビレッジの街並みにも程近い、NYの町の名が店名の由来。
店長は古川さん。元SORAの常連で、和食やイタリアンなどの経歴を持つ調理師。「フィリーチーズステーキ」の店がやりたかった竹河内さんと意見が合い、二人は本場・米国フィラデルフィアを訪ねる。
中でも本場、"PAT'S KING OF STEAKS"と、向かいの"GENO'S STEAKS"、老舗二店の味に圧倒された二人。「是非この味を日本でも」と目論むが、食べ物自体まだよく知られていないと、代わりに古川さんが愛して止まぬハンバーガーをその"先遣"として横丁脇の角地へ送り込むことに。以来今年で6年。今や都内を代表するハンバーガーショップに数えられる、小さくとも安定した人気を誇る実力店だ。
メニューはハンバーガーのみ11品。中からグリエールチーズバーガー1,425円。
グリエールはフォンデュに使うスイス産の白いチーズ。パティは豪州牛に和牛の脂を加えた130g。バンズは北池袋の名店「backer fujiwara」製。クリームパンのような懐かしい味・形のバンズの間に食べやすいパティ。何より印象的なのは古川さんのイタリアンの腕が光る、トマトソースのコクと旨味。
ホールトマトを漉して作った自家製。タルタルソースが絡めば「まろみ」が、グリエールチーズと混ざればソーセージにも似た豊かな風味が生まれる。ダイスに刻んだオニオンとの相性も抜群。狭い厨房をフルに活かした手間と工夫の賜物だ。
最たる工夫はポテトとピクルス。ポテトはハッシュ、マッシュ、シューストリング、ピクルスはきゅうり、ミニトマト、うずらの卵と、どちらも"3種類"の盛り合わせで、ちょっとお得で贅沢。その手間を惜しまぬ姿勢こそ、この小さなスタンドを名店たらしめる理由だ。
表通りの"ソレ"では今や飽き足らぬ"かつての"若者たちのための、アイデアとお得感に満ちた"裏通りの"バーガー。
と、そんな今昔話をSORAで竹河内さんとしていたのである。坂上隊員はハンバーガー号で先に帰った。私は現地に残り調査を続けたが、もうそれも終わった。
任務の後の一杯はロックで。ターンテーブルにはBOSTONの1stアルバム。A面1曲目「宇宙の彼方へ」が吹き抜けの闇に響く。乾いた唇をひんやり濡らす茶色い液体の心地好さ。オープンしたてのバーを独り占めにする、この贅沢な瞬間……。
と、そこへやって来た一人の客。「ハンバーガー号の方ですか?」と座りながら訊くので、そうだと答えると、
「僕にとってビッグマックはですねぇ、当時もうこれほどのご馳走は無くて……」
ヤレ、今夜もまたバーガー談義の始まりらしい。
< 文と写真:松原好秀 写真:坂上哲也 >
所在地: 東京都豊島区東池袋1-13-1 栄町通り
アクセス: 首都高5号池袋線・東池袋出入口より5分
JR・東京メトロ・東武鉄道・西武鉄道 池袋駅歩5分
駐車場: コインPあり
TEL: 03-3981-9177
オープン: 2008年8月28日
営業時間: 11:30~22:00
定休日: 無休(要確認)