今年ブレイク間違いなしの新店の紹介。
下町情緒あふれる根津神社前の一角に
藤澤清造もびっくりのアメリカンモータースポーツづくしの店がオープン!
※正月なのでいつもより余計に書いております。
ハンバーガーに関する事件・相談、あらゆる調査の依頼が、日々私のところに寄せられるのである。時には珍妙な事件もある。先日もこんな相談があった。
さる神社の宮司からの電話で、新規開店する店の名を付けて欲しいと氏子から頼まれたのだが、蕎麦屋・寿司屋ならともかく、英字の、それもハンバーガーショップの名前となると、これはもう守備範囲外。よくわからないので専門家の知恵をぜひ借りたい――と、こういうのだ。
「それで結局ですね、そこの町内がむかし八重垣(やえがき)町と言ったもんですから、『HEDGE(垣) 8(八重)』(ヘッジエイト)と、こう決まりまして……」
「え? え? 宮司、さっき店の名前をどう付けるか相談したい、とおっしゃいましたよね?」
「ええ、ええ。8月にオープンしまして。私はまだ食べてないんですが、あなたちょっと、行ってみて下さいよ。神社の前のね、通りに、ありますから……」
まるで話が噛み合わない。こんな時は直接会って話すに限る。APIOジムニーコンプリートカーTS7「ハンバーガー号」を出動させて、東京都文京区の「根津神社」へ向かった。
神社の駐車場に車を停めて、まずは問題の店を先に見ておくことに。ところが鳥居の前を何遍往復してもそれらしい店が見当たらない。とそのうち、ある看板が目に留まった。それにはここは「根津裏門坂」であると書いてある。
すると、道幅広く交通量も多いこの通りが根津神社の"裏口"で、来がけにジムニーで迷い込んだ一方通行の細道の方が、宮司の言っていた神社の前の通り、すなわち"表"であると。案内図を見ると、なるほど、門も社殿も全て"あっち"を向いている。一見「表」に見える方が実は裏で、裏通りが表……また利かさずともよい"フェイント"を。
この辺りは谷中(やなか)・根津(ねづ)・千駄木(せんだぎ)、世に「谷根千(やねせん)」と呼ばれる、江戸より続く「和」の情趣が残る一帯。境内を抜けると、鳥居の前には人気の焼かりんとう屋、隣は染物屋、その先に建具屋と続き、なるほど谷根千の看板に偽りは無い。
やがて不忍(しのばず)通りに出る「根津神社入口」交差点の角に例の店、「HEDGE8(ヘッジエイト)」を見つけた。
取っ手の位置のミョウに低い扉を引いて入ってみると……驚いた。いや驚いたのは私でなく、GAO隊長である。店内はこぼれんばかりのNASCAR(ナスカー、米国で高い人気を誇る自動車レース)、NHRA、アメリカンなモータースポーツづくし。隣は京佃煮屋、裏手は金太郎飴の店。その間の"オセロの角"がレーシングカー満載のハンバーガーショップとは。そこが谷根千ブランドの面白さ!
店長森さんは弱冠26歳。車好きは物心ついた頃から。幼少よりカートをやっており、小学生向けの大会によく出ていた。ドラッグレーサー岡崎ケンジ氏のファンで、同じヘルメットを被り、同じカラーリングのレーシングスーツを着ていたという。
NASCARは20年来のファン。壁のミニカーは小学生の頃からのコレクション。店名の「8」は、デイル・アーンハートJr.のゼッケン番号にも通じる。愛車は北米仕様風に改造したマツダロードスター。好きな音楽はハードロック、ヘヴィメタル。アイドルはインギーと言うから、歳に似合わぬ「古風」な趣味の持ち主だが、そんな凝りに凝った趣味のイチイチを「理解してくれる客はいるのか?」と訊ねてみたところ、ゼロではないそうで。
高校時代は工業高校に通い、部活動の「自動車工作部」で「エコラン」に青春を捧げた。卒業後はカナダのバンクーバーに1年留学。帰国後、上野駅構内の「Hard Rock CAFE」でバイトを始め、"けん玉界で超有名な"高円寺「CLUB XIPHIAS(クラブキピオス)」ほか、他の店と掛け持ちしながら7年勤務。昨年'14年の8月、かつてお祖父さんが八百屋をやっていたのと全く同じこの場所で、孫の森さんはハンバーガー屋を始めた。
二方をガラスで囲み、アルミや金属を多用した、明るく、冴えた透明感のある店である。L字のバーカウンターには銀に輝くビアサーバー。米国産を中心に国内外のビール51種類を置いている。クラフトビールだけで43種。樽生常時3種。ビア樽の収まる冷蔵庫は森さんの自作。店の図面は森さんが全部CADで引いた。
店外、店名の浮き出たプレートは、金型工場を営む森さんの父親作。店内、カッティングシートを貼ったマグネットの数々は母作。絵の使い方が上手いメニューブックは森さんの奥さん作。手先の器用な一家である。
留学中、バンクーバー郊外に「すんごいウマイ」ハンバーガーの店を見つけ、あまりのおいしさにほぼ毎日通った。その店の味に強く感化され、さらに帰国後HRC等で積んだ経験が加わり出来上がったのが、ヘッジエイトのバーガー。結論から言うと、これはスゴイ。幼くしてNASCARに親しみ、絶えず米国の夢を見て育った森さんの作るソレは、案に違わず正しく「肉」中心の、申し分なく米国的なバーガーだった。
メニューに載る8品のバーガーのうち、本日ベーコンチーズバーガー1,299円を。
ブロック肉を粗く刻み、ひたすらハンマーで叩いて作るパティはUSビーフ使用の150g。グリルは小さな電気式のグリドル。その赤身主体の的確な牛の味と、焼き鳥のようにゴリゴリ硬過ぎない、ちょうど好い食べやすさを心得たチョップ肉の食感と、このバーガーはもうそこで全ての片が付いている。勝負が決しているのだ。
あとはとにかくシンプル。ケチャップもマスタードも入らず。中野でパン屋をしている従兄弟が作るバンズは、「平べったくしてくれ」と依頼した特注品。肉らしい肉に対して生のオニオンの辛味が絶妙な合いの手に。はみ出たベーコンがまた絶妙な塩加減を呈している。
いや驚いた。オープンしてまだ3~4ヶ月の店で、いきなりコレが食べられるとは。こうなると年数は関係ない。打ち立てたコンセプトの的確さとか、現地で食べたものの再現力とか、これはそうした才能の有無の問題だ。簡素ながらもスーパーチャージャーを搭載したような衝撃的なおいしさ。正しく「肉」を中心に構築された米国的なバーガーだ。但しバンクーバーの店と比べると「まだ50点」と森さん。
「どうでした?」
「いやぁ、アレは本物ですよ。大ヒット間違いなし! 当八郎(あたりはちろう)ってなもんで」と宮司に返すと、
「そりゃよかった。ところでお宅さん、車はあのスズキの?」
「ええ、そうです、ジムニー」
「なんですか、軽自動車の販売台数でスズキが8年ぶりに首位に返り咲いたそうじゃないですか」
「おや、宮司さん、そっちの方もお好きで?」
「えぇ、まぁ……」
と、手に持つ幣(ぬさ)をチェッカーズフラッグのように少し振って見せた。この瞬間……私と宮司とGAO隊長、三人の心がついに噛み合い、一つになった一瞬である。
「どうですな、ちょっと上がって行かれませんか。御神酒でもちょいと一杯……」
うん、わかるけど宮司、いま乗ってきた車の話したばっかだし。
< 文と写真:松原好秀 写真:GAO NISHIKAWA >
― shop data ―
所在地: 東京都文京区根津1-22-12
アクセス: 首都高1号上野線・上野出入口より9分
東京メトロ千代田線 根津駅歩2分
駐車場: 近くにコインPあり
TEL: 03-5834-2871
URL: http://hedgeeight.com/
オープン: 2014年8月21日
営業時間: 11:00~24:00
定休日: 水曜日(要確認)