作品を読んだことがなくても、作家・池波正太郎の名前を知らない人はまずいないと思う。言わずと知れた時代劇作家である。「鬼平犯科帳」や「剣客商売」、「仕置人・藤枝梅安」など、娯楽性に富んだ多数の作品を生み出した人だ。
僕も時代小説は大好きなのだが、かつては「池波正太郎なんてオッサンの読むものだ」という先入観があって避けていたのだが、40も過ぎて自分がオッサンになったので試しに鬼平犯科帳を手に取ってみた。これがハマって、以来池波ファンとなっている。
池波正太郎の文は、子母沢寛、大佛次郎、吉川英治、山本周五郎、柴田錬三郎、そして司馬遼太郎など日本にあまたいる時代小説作家のそれと比べると、とにかく切れ味がいい。余計な修飾語がなく、それはまさに作品の主人公が使う剣の切れ味のようにシャープだ。隆慶一郎ほど荒々しくなく、吉川英治や山岡荘八ほど重くない。山本周五郎のようにウェッティでもない。だから長い作品でもスッと読めてしまう所がいい。
また当時の風俗文化が非常に分かりやすく描かれているのも興味深く、自分もそれを体験してみたくなるという不思議なオーラを放つのである。特に作品に出てくる食文化は現代でも“贅沢”を感じさせるものばかりだ。
食ばかりではない。誰もが憧れる「大人の嗜み」を、遊び慣れた感覚と歯切れのいい文章で我々に教えてくれる。池波正太郎の名前は単なる作家の名前でなく、池波正太郎という男のライフスタイルなのではないだろうか。