緑豊かな航空公園の向こう、
微かに立ちのぼる薄紫色の煙。
あれこそが日本のリアルバーベキュー誕生の狼煙なのかも知れない。
※記事中には一部フィクションが含まれます(セクションマークの外側)。
「四輪駆動車とハンバーガーの親和性を考える」シンポジウムが埼玉県所沢市で開かれ、チームAPIOを代表して私とGAO隊長、「ハンバーガー号」の乗員二名が出席した――。
この会合には「未知なる飛行物体との遭遇に備える」という副題が付いている。昨今報告が相次ぐハンバーガー型飛行物体の目撃情報、さらにケチャップのような液体により赤一色に塗り染められる被害情報などを受けて、対空・防空に対する意識・知識を高めようというねらいから、日本の航空発祥の地であるここ所沢が会場に選ばれ、航空発祥記念館および航空記念公園を出席者全員で見て回った。
閉会後は、同じくパネリストとして出席した埼玉・鶴ヶ島「タイガーオート」の山中哲治社長とともに、航空公園そばにある同社のグループ「クライスラー・ジープ所沢」に場所を移して、なおも四駆談義に花を咲かせた。
タイガーオートは1985年6月創業、今年30周年を迎える四輪駆動車専門店。APIO同様全国に多くのファンを持つ人気店で、「Vol.8」に登場した山梨「MOOSE HILLS BURGER」井口さん所有のジープも同社で購入したもの。APIOとは盟友、旧知の間柄である。
歓談の途中、「お腹が空きましたね」と、思い出したように山中社長がふと洩らした。言われてみれば確かに、ハンバーガーのシンポジウムと言いながら、ハンバーガーはおろか、おにぎりひとつ昼の休憩時間に出て来なかった。今頃になってそのことに気付いたのである。
何かあったのだろうか……謎解きはさておき、不意の空腹に耐え兼ねた私、
「航空公園隣の『B.B.Q KIMURA(バーベキューキムラ)』には行かれたことはありますか?」
と訊くと、
「名前も場所も知ってるんですが、社員一同、入った者はまだ一人もいなくて……」
と社長。
「おや。ではどんな店かご存知ない?」
「ええ、前はよく通るんですけどね……」
との返答だったので「ならば――」と、触れれば煙が出そうなほどの熱血漢・木村敦氏について、私は知り得る限りを披露することにしたのである――すべては"昼食"のため。
彼と初めて会ったのは2014年の冬。バーベキューキムラがオープンしてまだ半年ほどの頃だった。店主・木村さんはそれまで3年間、東京・目白のバーガー店「base」に勤めていたが、その在職中から既にバーベキューキムラは開業し、活動していたのである。
実質的なデビューは11年、木村さんの地元・入間(いるま)市を代表する祭典「万燈(まんどう)まつり」への参加だった。山小屋を模した木組みの小さな屋台で出店、2日間でバーガー400個を売り切った。その後も計3度、野外行事への出店を重ねる。
13年2月にベイスを退職、4ヶ月後に夢の固定店・B.B.Q KIMURAをオープン。その多くを木村氏自ら造ったという店内は、オンザロードGAO氏さえ目を見張るほどの、"ヤレた"アメリカンの魅力に満ちた尋常ならざるセンスのものだった。
入ってすぐの間仕切は、アンティークショップで仕入れた古い窓枠をリノベーションしたもの。パーテーションで囲まれたこの一角がこの店のVIP席だ。壁には年代物のステンドグラスがはまり、経年加工した床板の上に色付きの影を投げる。
反対側の壁にはスモーク料理の本場・米国テキサスで木村さんが買い集めたバーベキューグッズの数々。オープン前の13年4月、木村さんは単身テキサスへ渡り、1週間で20軒近くのスモークハウスを訪ねて、本場の"barbecue"を堪能。一発KO。現在これが木村さん唯一の渡米にして、唯一米国で訪ねた場所がテキサスである。前後どの州にも寄らず直行直帰、テキサスへの"barbecue"を味うためだけの旅――。
木村さん16歳の夏、仲間内でしたバーベキューで持ち前のホスピタリティに目覚めたのがきっかけ。だが、彼がやりたい「バーベキュー」は、本邦の河原やキャンプでやる焼肉ではない。肉を煙で燻すアメリカの伝統料理、本場テキサスのスタイルに則った"Real-Barbecue"だ。
以来その研究に励む木村さん。ベーコンはじめ、バックリブ、チキン、サーモン、ソーセージ、マッシュポテトなど全て木村さん自らスモーク。テキサス「BRINKMANN」社製のグリルで燻煙している。写真はその集大成「テキサスプレート」1,580円。メニューにないメニューだ。
ハンバーガーは全10品。自家製のスモーク肉などを挟んだサンドイッチ10品。中から基本のチーズバーガー980円。
USビーフ100%、炭火で焼いた100gパティは表面カチッと硬く、中もギュッと締まった繊維感。チェダーチーズがねっとりマイルドにそこへ乗る。地元の人気パン店が作るバンズはよく焼かれ、程よい甘味。ピクルス1枚。トマト2枚。オニオンは生のスライス。ケチャップとタルタルソースのはっきりした味にしっかり硬い肉の食感。誰もが親しむポップなハンバーガーだ。
客の9割は女性と木村さん。オシャレな店内が話題を呼んで、近隣の主婦層・ママ友たちの間で大人気である。しかし本当は、自慢のスモーク料理を心ゆくまでもっとガツガツと味わって欲しいところなのだが、難しいものでそうはゆかず、ついに今春から夜は19時半までに営業を繰り上げてしまった。
だからと言ってバーベキューの看板を下ろすワケにはゆかない。そこで「目標が変わった」と木村さん。応援し支えてくれる友人たちのためにも、夢を追うことが僕の夢。それに、いい加減なものを出して"barbecue"を名乗るのは本場テキサスに失礼だ……。
「そう言って彼は、この10月にテネシーで開かれる"Jack Daniel's World Championship Invitational Barbecue"という世界大会に出場することにしたそうですよ」
「へぇ~! それはまた壮大な話ですね」
「その決意表明が近日『月曜から夜ふかし』で流れるんだそうです」
「所沢から世界へ羽ばたく――航空発祥の地にふさわしい素晴らしい冒険心ですね」
「航空機の開発と木村さんのやりたいリアルバーベキュー、分野は違えど、ものづくりという点では思いは一緒じゃないですか」
と、ここでGAO隊長。
「それはジープもジムニーも一緒ですね――」
と山中社長が後を続けて、話はぐるっと一回転、また元の四駆の話題に戻った。結果我々はハンバーガーを食べる機を逸し、より一層の四駆談義に耽ったのである――。いつまでも"離陸"できない気分に、たぶん私だけが陥った。
< 文と写真:松原好秀 写真:GAO NISHIKAWA >
― shop data ―
所在地: 埼玉県所沢市東新井町737-3 第3武井ビル101
アクセス: 関越自動車道・所沢ICより国道463号線6km
西武鉄道新宿線 航空公園駅歩16分
駐車場: 店舗裏に2台
TEL: 04-2941-3681
URL: http://www.bbqkimura.com/
オープン: 2013年6月9日
営業時間: 11:00~19:30(19:00LO)
定休日: 月曜日(祝日の場合翌火曜休。要確認)