新宿と傘その日は雨が降っていた。
翌日からの撮影の為、カメラのメンテナンスに新宿を歩いていた。
周りを歩く人々の、ある程度揃った足並みの中で。
特に何も疑問を抱くこともなく進んで行く。
バラバラで、でも一定のリズムを保つ喧騒はどことなく居心地が良い。
誰かが傘を広げる音を聞きつつ、雨の後に現れる霧を抱く森に想いを馳せた。
都会も森も、繋がっているのだと感じる事がある。
帰って、撮影に備えなければ。
雨の降る都会明け方、まだ雨が降っていた。
体に纏わりつくような湿度を楽しみつつ、相棒の黒蔵(ジムニーシエラ)の鍵を開ける。
準備しておいた荷物を乗せ、行き先を確認する。
昨日までは発車のベルを気にしていたが、今はエンジンの音の心地よさを思う存分楽しんでいる。
両方が現実で、どちらかが欠けてしまってはとても寂しいのだろう。
普段の生活がビルに囲まれているからこそ見えてくる、そんな森の姿もあるのではないだろうか。
旅の始まりはいつも心が落ち着かない。
始まってからも、落ち着く事はないのだけれど。。。
林道へ向かう道旅の道中、少しずつ里山へと変わっていく光景を楽しむ。
移り変わる様子に、旅への期待が増し加わってゆく。
数時間走るだけで、喧騒とは逆の静寂の森に囲まれた美しい世界へ到着する。
時には聞き込みなども行い、入ることのできる林道を探すひと時は冒険の地図を探す子供のような気分だ。
未知の林道を見つける事ができた時の胸の高鳴りをなんとか抑えつつ、ゆっくりと森の奥へ向かって行く。
そこは、光が踊る幻想の世界のようだ。
時にはおとぎの国のような、非現実的な光景に出会う事ができる。
人はなぜ、こんなにも自然を求めるのだろう。
心の奥底に眠る、名前も知らない感情が湧き上がる。
鹿の親子との出会い静寂に溶けてゆくエンジン音。
矛盾しているようだが、森の中でじっと光を見つめていると、実際に音がなくなるような錯覚を覚える。
たまに出会う鹿の親子に挨拶をしつつ、道の駅で購入したお弁当を食べる場所を探す。
黒蔵と美しい光を眺める事ができる特等席を見つけ、鳥のさえずりの中で食事をする。
黒蔵もその時ばかりは沈黙し、休憩をしていた。
ふと、前日までの喧騒を思い出す。
なぜだろうか、少しばかりその雑踏が愛おしく思える。
音に違いはあれど、普段自分を包み込んでいる音には心のどこかで愛着を持っているようだ。
里山と夕日その道中で出会う人々、そして美しい光景の数々の全てが喜びであり宝物だ。
黒蔵とこれから先どれだけの場所に行く事ができるのだろう。
いつか黒蔵も、この旅に耐えられなくなる日が来るのだろうか。
そんな、ノスタルジックな想いを抱かせる夕日と里山を眺めつつ、アクセルに足をかける。
そろそろ移動の時間だ。
明日は、どんな光と出会えるのだろう。
まだ見ぬ、静寂の森へ。
里山の風景は、次号へ続きます。
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